整頓された本棚

てにをは が苦手

「静観」によせて

 

本当は写真集を出すつもりなどなくて、大学生活というモラトリアム期に漫然と書いた何かを形にして自分の部屋の外に出してみたかったし、そうする筈だった。
自分が死んだ後、遺品整理をする孫が「おばあちゃんが遺したのってこれだけなの......」とドン引きするようなくだらない刊行物を残してみたかった。
そう思い、7月から不定期的に絵つきの日記のようなものを書き、それらが10Pくらい溜まってから「はて、これはいつ切り上げていつ出すのか」などと考えながら読み直したところ、くだらなすぎて部屋の外に出すのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。実体のない「世間様」に申し訳なくも思えてきた。
くだらない刊行物を作ったらくだらなすぎて完成されない、という何がしたくて何をしたのか分からない状況に。
人の目に触れさせられるようなくだらなさと、目を覆うようなくだらなさの微妙なラインを模索しきれぬまま、絵日記だけ部屋に残った。

困ったなあと思っていたところ、デザインフェスタに出る人が一緒に出ないかと誘ってくれたのと、
そういえば大学卒業までに写真をまとめた何かをしたいと思っていたなと思い出したってのと、そんなものが重なって、じゃあ写真集を出そうかなと。

2年くらいで撮った写真をまとめただけの写真集なので、特にコンセプトはない。
題名の「静観」は高校生くらいからずっと心の真ん中に置いている生活におけるコンセプトのようなもの。静観を望んだ生活の中で撮った写真の集合体。

作ってみたら思いの外愛着も湧いてきて、画質が悪い悪い、作らなきゃよかった、とぼやきながらも何度も見返してしまうような物になったので嬉しい。
作ったものを人に見てもらうと、社交辞令ともつかない意見を言ってもらえて面白いなと思う。
その中でも、バイト先の社員の方が「最初から最後まで全部写真で言葉がない!しおりなのに!しおりは言葉の人だと思ってた」と言ってくれて、
そういえば元々は言葉で何か残す予定だったんだよなと思い出すことができた。
写真集を友人に見せながら「社員の方に言葉の人って言われてさ」と言うと、「たしかに、しおりちゃん沢山本読むし、何か書いてもよかったかもね。」と。
とはいえ、何を書いたらいいのか全く思い浮かばず数週間が経ち、とりあえずリハビリとして今回の写真集に寄せた何かを書いてみるか、という着地点を見つけた。

自分には思想というものが全くなく、むしろ思想がないことや、思想があったとしても表明せずに現実と折り合いをつけながら生きることが美学なのでは、と思っている。何にも中指を立てたくないし、迎合もしたくない。
そんな純日本人的かつ現代人的な姿勢でいるので、熱のない文章を漫然と紡ぐことに何ら後ろめたさを感じずにいられる。
日々感じる些細なことを書いたものを先述した「くだらないもの」として出せればいいのに、と思い、
最近自分は何を考えているのか、今自分は何を考えているか、と内省したところ本当に何も考えていなくて、虚無感だけが残った。
日々襲ってくる何らかの苦痛をやり過ごすためにいかに自分を甘やかしながら苦痛も乗りこなすか、そればかり考えているんだなと気付く。
苦痛なんて大それたものでもない。満員電車に乗るのが辛いな、とか、駅から10分の土地に迷わずに辿り着けるかな、とか、昼ごはんをコンビニで買ったらお金がかかるな、とか。そんなものを「苦痛」カテゴリに入れて真剣に頭を悩ませる毎日。

就活が終わり、卒論も課されない大学生最後の半年をこんな風に過ごすのか、こんな筈じゃあなかったんだけどな、と思うが自分はいつも夏休みに対して「こんな筈じゃあなかったんだけどな」とぼやいている。そもそも、どんな筈なら良かったのか。
明確な光景も形作れずに抱いた憧れを、失望と虚無感に変換するだけの日々。
でも、そんな日々を「過去」として振り返ると思いもがけない煌めきを放ったり甘美な香りを嗅ぐことができる、こともある。そんなものなのかもしれない、全て。

これが、私の大学生活。

偶像崇拝


秋は寂しい。

今日1日について。
何かのライブを見ながら「フォウ!」と叫んだ夢と、意中の男性(なお、現実世界ではインスタグラムをブロックされている)から「来週末何してるの?飲もうよ」と連絡が来て、「飲みましょう〜〜!」と意気揚々と返したところ、「○ちゃんと3人で飲もう」と言われ、ウワア!出たよこいつの謎のコミュニティ!江戸川花火大会(現実世界で当該男性に誘われ、意気揚々と参加したところ意味不明な団体に組み込まれた)の惨事再び......と戦慄した夢を見た。起きてゾッとしながらLINEを開いたらユニクロの公式LINEから3件宣伝が来ていただけで、虚無感を抱いた。
11月中旬のデザフェスに出展するZINEの準備に鬱々とした気分で黙々と取り掛かり、若干遅刻気味に家を飛び出し、宅建終わりの友人に会いに行く。
友人とケーキを食べ、それでも心に寂しさが残っていたので井の頭公園を散歩した。
友人とは終始記憶にも残らないようなどうでもいい話をしていた。ほとんど記憶にない。
こんなどうでもいい話を訥々としながら、肌寒い公園をいつまでも歩いていけたらと思った。
毎年、秋になると妙な寂しさを抱えながら生活する羽目になる。
恐らくこの寂しさは、彼氏ができたところで消えるものでもないだろう、季節性のものであろう、また、この肌寒さから来る寂しさを愛でている節もあるようで誰かに手を握られるような生暖かさは何一つ求めていないのだろうと思う。
凛とした空気の中、澄んだ空に浮かぶ寒々とした月を見上げながら友人と歩くのが至高なのでは、とも思えてくる。

友人と別れた後、妙な寂しさが消えないどころか寂しさが増長されたため、別の友人に会った。
友人の家の最寄り駅まで向かい、公園でブランコに揺られながらビールを飲んだ。
友人の家でビールを飲み、終電で帰宅。

ここ最近、「あこがれ」について考える。
あこがれは虚無を生むだけなのでは、と。
冬に凍える度、早く夏が来ないかなあと思う。夏が来れば全てがキラキラ光るのではないかと思う。
夏が来て、夏が過ぎ秋になり、「夏ってそんなはずじゃなかった」と心底思う。
あこがれの夏、で毎年想起されるのは自分が幼稚園生の頃にお隣さんから貰ったペットボトルに入ったリンゴゼリー。今そんなものを貰っても絶対に嬉しくないと思うが、それでも夏のあこがれはペットボトル入りのリンゴゼリーのようだ。
そんなこんなで満足した夏を過ごしたことなどないのだが、それでも冬になると夏に対し憧れを抱く。憧れを押し付けるが、その憧れの実体はない。

受験勉強や就職活動でバタバタと禁欲生活を余儀なくされていた時期には、内定さえ決まれば全てが上手く回る、天国のような日々を過ごせると本気で思っていた。
しかし、蓋を開けてみればバイト三昧の日々。
バイトしてバイトしてバイトを探してバイトでストレスを溜めて時には涙を流しながら帰宅し酒に逃避するも胃が弱っているので酒すら楽しめずに翌日のバイトを忌みながら寝て翌日もバイト、休みの日はバイトをしないことに不安を覚えバイトを探す、といった日々。
虚無感に殺されそうになるたび、先月稼いだ金額を計算したり内定先の名前を声に出してみたりする。
受験勉強でバイトを半年以上休んだことにより、バイト先の当たり前と自分の当たり前の間に甚だしい乖離が生まれ、息が詰まる。
半年休ませてもらうだけでも有り難いのにもかかわらず、それにより勝手に自分が当たり前からズレたのだから乖離に苦しむ自分が全て悪いのだと思う心と、何が悪いのか全く分からないと心底思う心がディベートを延々と繰り返す。
そもそも、就職活動中の面接ラッシュで虚構の自分を作り上げ、それを信じ切って完璧に演じたせいで自分が何者なのかもよく分からなくなっている。
完全に虚構ならまだしも、現実の自分の一面を誇張しただけでもあるので本当に何だか分からなくなっている。
あれほど夢見ていた今は、何なんだろうか。
むしろ受験勉強をしていた頃に戻りたいとも思う。

あこがれを抱くと人は腐る

 

「機嫌よくやんなさいよ」

 

生きています

ここ最近は静かに生活をしていた
1月の13日(年明けから1日しか働いていない)に昼ご飯を出すバイトをしたっきり自らの時間を切り売りするのをやめ、貯金を切り崩しながら生活している
秋からまた時間を売るつもり
大人になったら金で時間を買いたい
すぐに資金難に陥って3月あたりにまた単発で稼ぎに行くんだろうなと思っていたが貯金はまだまだ生きてくれていて、ああ ずっと家にいるとそれほどお金がかからないのね、と気付く
あるドラマで高等遊民を自称するニートが「交際費もかからないしたまに本を買うだけだから少しのお金さえくれればいいんだ」と言っていたのを思い出した

バイトが8割を占める長期休暇を過ごしていた頃、「本当に起伏のない生活だな」と思っていたんだが家族以外の生物に会わない今からすれば相当な起伏があったように思える
この生活を始めてから10日に一度のペースで友人と会うのだが、友人と会った日はとても疲れるようになり翌日も使い物にならないくらい睡魔に溶かしてしまうようになった
人に会いに行くのはエネルギーを要するようだ

2軒先の3階の部屋の住民が2.3日ほど早寝に切り替わっていたので色々と想像を巡らせていたが早々に4時半就寝に戻っていた
とか
珈琲を2杯しか飲まないぞ、と決意しチビチビ飲んでいたら寝る時間になっても全然減っていなくて寝る直前に0.5杯を一気飲みすることになり全てがアホ臭くなる
とか
1日の短さに呆然とするのと1日の長さに困惑するのはどちらがマシだろう
とか
母の兄が大学のフランス語講師になった理由が「俺は社会人になれない」からだと聞き血縁を感じた
とか
母方の祖父が描いた海の絵は世界を周り、蘭の絵は天皇の目に留まり、老年期に描いた絵本が受賞し、
母の兄は語学オタクで様々な言語の検定をある程度まで取ったりギターを弾いたりリコーダーを吹いたりしていて、母の弟は大学の医学系の教授をしていて父の弟は小さなレストランを経営、というクリエイターの血が濃く流れているはずなのに何故自分はこうも善良な市民かつ無能な大衆という形でしか存在していないのかという疑問をやり過ごしながら生活している
とか
習い事(プール、リトミック、ピアノ、公文、水泳)が何の役にも立たなかったこと
とか
推しの授業の最終回を受け渋りに渋っていたら模試の期間に突入し、恐らく最終回でやるであろうところが出てしまい自らの浅はかさに笑ってしまう
とか

しばらく会わないうちに高校からの友人が私を美化し過ぎていて戸惑い、これは美化されすぎたのかそれとも3年間で激しく劣化したのかのいずれかなのか、と考え出したら止まらなくなった

とか

有名バンドマンとツイートの論点が被ったが1441いいねの差がついていて差の内訳(フォロワー数、好感度、ボキャブラリーなど)を考えたりした

とか

 

とか

箱庭

 


三軒先の家の二階の窓と自室の窓の間に遮るものがないため、自室から他人の部屋を覗くことができる。
と言っても、その窓は夜になるまで白いカーテンに覆われているし、夜になってカーテンが開かれても昼白色の電球と白い壁しか見えない。
朝の5時になっても電気はつけられたままで、私が起きる時間にはカーテンに覆われている。
「真っ暗だと寝られないんだよね」にしてもあまりにも煌々としすぎていて、これじゃあ寝られないだろうと思う。部屋の主は極端な夜型なのだろうか。
眠るためにカーテンを閉め、自然光を部屋に入れないようにしているのだろうか。

年末を過ごし、年が明けた。
年末感、なるものや年が明ける感覚とはなんぞや、と思う。

12月28日あたりから、別れ際に「今年もお世話になりました、来年もよろしくお願いします」や「良いお年を」などの年の瀬のご挨拶を交わすことが増えた。
もうそんな季節なのか、ここまで機械的に「良いお年を」なんて語尾につけてしまうと何もかもが薄れるな、などと思ったりもした。「良いお年を」も「お疲れ様でした」も全て同じ。形骸化した年の瀬のご挨拶。

12月30日にバイトをしながら、「ああこの人の多さ、妙に浮き足立った雰囲気、片付かないゴミ、増えゆく空き缶、疲弊する身体、アルコールの匂いと暖房でぼんやりとした室内と凛とした外気、紛れもなく年末」と思ったりもしたが、これが年末という解釈で正しいのだろうか。

12月31日の23時あたりに渋谷駅に降りたら0時00分に騒ぎたい人たちがたくさん待機していて、「渋谷でカウントダウンって都市伝説ではないんだな」と驚き、人ごみから逃げるように駅から遠くのファミレスに駆け込んだ。
0時00分は友人とそのファミレスでご飯を食べていた。
1つ隣のテーブルの人たちのアラーム音で新年の到来を知ったが、友人はそれに気付かずにチキンを食べていた。

あの普遍的なはずの高揚は、誰がどうやって与えているのだろうか

暑中見舞い

 

気がつけば師走も半分を経過していたので例年通り2017年を振り返ろうと思う
簡単に言ってしまえば今年は変化の年だった 来年も変化の年であることを願う

1月
推しが鳴らしたクラッカーのキラキラを浴びた瞬間かから2017年が始まり、その後4時半頃から7時まで「ロックンロール研修」をした
新年早々、友人の家に財布を忘れ、さらにその友人は旅行へ。
オタクの友人と第四出動したものの会話の9割は「(友人の)推しの白シャツ」についてだった。
年上の友人たちが成人祝いにワインをご馳走してくれたり物をくれたりした
サラダバーに行ったら友人がプチトマトを33個食べた
再履の授業が高校の後輩と被っていたのでレジュメを乞いたら「先輩変わってないですね〜笑」と言われてしまった。反論の余地はない。
推し西川貴教に「昭和の歩行者天国によくいるよね」とイジられていた。尊い
バイトの先輩がダンボールを「セカンドバッグと変わらない」などと言いながら直で持って帰っていた

2月
ライブに行ったら某バンドマンがお兄さんを紹介してくれたのでオタクのテンション感のまま「お兄さんを紹介して頂けたということはこれは求婚ですね、結婚しましょう」と言ったら「絡みにくいからwww」と的確なツッコミを受けた。たしかにそうですよね、と思う
郵便切手の適正な値段を知らぬまま20年間生きてしまった。恥の多い人生。
高校2年の冬からスローペースかつ大切なライブは逃さぬように通っていた○ツメの沼に急降下し始める(オタク3日目の気持ちなのに手元に3年分のデータがある状態は沼を加速させると知る)
労働の対価はしっかり貰わないと嫌なんだな〜〜と当たり前のことに気付く
友人と公園に行き、ブランコに乗ったら子供にバカにされてしまった
推しにバレンタインミョウガキュウリa.k.a本命チョコを渡せたので悔いはない
ステージの上の推しはグッドルッキングガイかつジェントルマンなのに推しの一般男性ともなるとそうもいかないようで、友人に「お前はゴミ収集車か!」と言われてしまった
映画を11本見た。

3月
「言葉が文語的だよね」と言われた、口から出ているのに文語。
「カルテット」のために1週間を過ごしている。2017年で最も好きなドラマはこれですね。
コメダ珈琲店の厚切りパンが本当に美味しいという気付き
親知らずが痛み、人生で初めて痛み止めを飲んだ。
「狐の威を借る虎」
推しがフチなしの丸眼鏡をかけていてあまりの美しさに本人を目の前にしてオタク特有の早口で「世の正義に殴られた気分だ!どうする!格好良い!なぜこれ以上!」などと興奮をそのままぶつけてしまい、「分かった!俺は格好良い!」と言わせてしまった。好きです!!!!!!!!!これを書いている今も思い出し悶絶している。尊い。好きでしかない。尊い。田上良地さんは尊い。尊すぎるので涙が止まらない。
春分前日に2度目の企画ライブを開催した、この気持ちを忘れたくないなと思う
先輩だと思っていた人が同期であることを1年経ってようやく知った
「おい!先輩風吹かしてみろよ!」
この月は映画を11本と連ドラのワンクール分一気見をした。

4月
キャンパスが変わり、移動時間が40分増えた
4月1日の日記から「○辺のかわは可愛いのかわ」が登場、このワードを今後連呼することになるとは誰が想像したであろうか
ストレス性胃腸炎に苦しむことになる
バイトから上がり、同期と帰ろうとしたら「見て、自転車のチェーン焦げたんだよね」と言われる
西武新宿線は相模線の次に好きだなと思った、また乗りたい
気がついたらミ○メのライブのために埼玉まで足を運んでいた
友人と真面目な話をしたが、各自嫌になってしまい「楽しい話しよう」と切り替えた瞬間に国分太一長瀬智也のキスシーンが再生された
人にコーヒーをご馳走になりながらグーグルで国技館を見た
あなたのことはそれほど」にどハマりし、火曜日のために1週間を過ごす。
○ツメのオールナイトライブがとても良かった、友人と新代田まで歩いたのもとても良かった

5月
松重豊の真似が上手いと褒められた
推し(長○川博己)のナレーションが聞けるプラネタリウムに行き、これは明確な沼だと判断した
3度目の企画ライブ、生きていてよかったと思った
映画を見ながら「推しもパパになる日が来るのか...きっと来るよな...推しのお子さんが五体満足で生まれますように、良い子でありますように、パパを悲しませませんように」などとしみじみと祈ってしまった
友人たちと横浜の無銭フェスに行き、ひたすら推しの話をした帰りに降ってきた推しの脱退発表。
推しのご尊顔にカシオペア座があるのを発見したばかりなんですけど...

推しが一歩を踏み出すということ、時期も時期であることを考慮し自らの将来について考え(たつもりで)公務員塾に入った。これを書いている12月現在、なぜ公務員になりたいのか全く分かっていない。が、もう戻れないことだけは確か。


唯一無二の推しである田上良地さんの最後のライブに行った。日焼けしてすっかり茶色になっていたのでエグザイルにでも加入なさるのかと思う。エグザイルのセンター張れるな〜〜格好良いからな〜〜!
鬱状態で行ったため必要以上にテンションが高く、ライブ前にお見かけし、ハイタッチする際「イェェェェェエイwww」としか言えなかった。サンシャイン池崎も引くと思う。
1人で躁鬱状態で浮いてしまうかなと思ったら他の友人も総じてそんな感じで空元気集団の相乗効果でとんでもないことになっていた。泡パーティできる。
「しおり!良地くん明日から一般男性になるよ!結婚届持ってきた?指輪は?」と友人に聞かれ、本当に大きな忘れ物をしてしまったぞ...と青ざめたのはいい思い出。
ちなみにこの日の田上良地さんのおニューのサングラスは開始63秒で振り落とされていた。
最後の最後まで田上良地さんは格好良くて何度も好きを更新してしまった。世界で一番幸せになってほしい一般男性です。


推しの脱退にあたり、各経験者の方々にアドバイスを頂き、たしかになと思ったのは「推しがいなくなって死ぬのは幻想」ということ
なんだかんだピンピン生きているしこれからも生きていくし死ぬ理由がない、しかしながら、推しが一般男性に戻った今も推しを考えない日はないし、推しに踊らされることや、推しの歌を聴くこと、推しの笑顔を見ること、声を聞くこと、それだけではなく今元気なのか、生きているのかすらも知ることなく何年も生きていくことに対する辛さが込み上げてどうしようもなくなるときもある
あ〜〜。会いたいな〜〜。元気かな〜〜
ちなみに、各経験者の方々は「ゴーストを見た」とも言っていた。ゴーストを見る、とは推しがいないステージを見ているはずが、気がつけば推しを見ている、という現象のことを指す。「まるで死んだかのように言いやがって」と思われるかもしれないが、一度推しを失ってみれば分かる。本当に見えるし、見えるとキツい。

6月
終電で帰宅し、ただただ癒されたいときは何をすればいいのか?という問題を解決できずに半年が経過。
部屋にプラネタリウムが欲しい
推しがステージを降りた4日後にミ○メのライブに行ったが、推しがいなくなろうと「○辺のかわは可愛いのかわ」状態であることに何ら変わりはなかった、可愛いのかわ〜〜!!!!
クーリンチェ少年殺人事件を見た。好きとか嫌いとかそんな次元ではなく、素晴らしいものなんだなと思う

「これは僕の子だよ、僕の子供として育てるよ!愛情を持って育てられるから」
「本当にそんなこと考えてるなら頭おかしいよ?」
「でも、お蕎麦は食べるでしょう?」
これは「あなたのことはそれほど」での台詞

多少眠気に襲われても沸けるDVDを流しながら作業をすれば遅くまで起きられるという気付き。
夏至なのに大雨が降ったので夏至大会は来年に持ち越し。
推しが脱退したバンドの新体制ライブを見に行った。
いわゆる「ゴースト」を見てしまい、推しがいた最後のライブの何十倍も泣いてしまった、というか一曲目でギブアップしてしまった。
推しがいなくなったバンドのライブには行くべきではないと知った。どの体験談よりも参考になる可能性があるのでオタク各位は覚えておいてほしい。絶対に行かない方がいい。
翌日も翌々日も別のバンドのライブに行ったが、ライブ後に話が止まらなくなり駅前で話し込んでしまうのはどこのオタクも同じ

7月
バスに乗ることを覚えた。とても快適だと喜んだが、これを書いている今はバスは時間を守らないので極力使いたくないなと心底思っている
バイト先の食堂の常連がバイトの人に恋をし、誕生日のサプライズを仕掛けたものの玉砕した話を聞いた
朝ごはんのトーストにいちごジャムを導入したら生活の質がかなり上がった
春学期試験に向けて勉強を始めたところ、0時から頭が冴え、4時半就寝のリズムが定着してしまった。ちなみに起床〜0時までは頭が働いていないどころか、夏バテと寝不足により体力が低下し、授業に出席する頻度が落ちた。
また、外に出る日は汗をかいて家に帰るので帰宅→間髪入れずに手と顔を洗い→服を脱ぎシャワーを浴び→短パンTシャツでクーラーの効いた部屋の布団にダイブ→寝落ち、という流れが定着した。この一連の動作が幸せでたまらなかった。このために1日を過ごしていたとも言える。
レコードと弾き語りを聴きに鎌倉に行った。横須賀線が面白かった。
友人の誕生日恒例のサプライズが、もはや義務となり各自の重荷になった上にサプライズ故に色々と情報が錯綜し、祝う気持ちよりもサプライズを遂行することに熱心になってしまい「誕生日の形骸化現象」が起きたのでサプライズはもうやめよう、という結論に至った。
今年分のゼミが終了したが、1人を除きゼミ生の顔と名前が一致していない。友人も出来なかった。
友人がストーカーから手作りクッキーを渡されていた。

学校の試験と始まったばかりの公務員試験勉強の両立などハナから考えもしなかったが、「1月の試験ってどうするんだろう...」と考え、蒼ざめる。北朝鮮のミサイルに対し、どう我が身を守るか?と同じくらい途方もない問題のように感じた。
推しの試験監督ができる。

8月
5月最終日にステージを降りた唯一無二の推しTwitterアカウントが消えていることに気付く。
海外留学に行く友人を見送りに空港に行き、その後にディズニーランドに行く、という大学生の夏休みのようなこともできた。
11月から求めていた本棚をとうとう家に迎えることができた。本棚が2棟ある部屋。今年で一番嬉しかった買い物は本棚だと思う。
推しが辞めたバンドから完全に足が遠退いていたところ、そのバンドのメンバーの方に「本当に久しぶりだね」と言われることが立て続いた。「久しぶり」と言われると寂しい気持ちになるんだなあと気付いたので、いつか推しと再会出来たときには「久しぶり」を使わないようにしようと思った。
映画を見て、それについての各種インタビューを沢山見聞きしてから、またその映画を見ると理解が格段に深まり面白さが増すことに気付いた。

9月
丸亀製麺にドハマりする。
夏休みが終わった。夏休みは昼夜逆転により明けゆく空を見ながら就寝、吐き気と遅起きへの罪悪感と共にする昼起床と夜まで続く頭痛の感触で埋め尽くされた。

10月
滝のような雨が降るのを部屋の窓から眺める幸せを噛み締めた
丸亀製麺に飽きてしまった。
推しが脱退したバンドのライブは自らの精神のために2度と行かないと決めたのにもかかわらず、またそのバンドのメンバーが脱退するとのことで見届けに行った。ワンマンライブだったので1時間ほど推しのゴーストを見たり見なかったりしながら棒立ちをすることになった。友人たちに会えたのはとても楽しかった。
ライブ後に友人が推しのホクロを私の顔に臨書してくれた。
別のライブで久々に会った友人がこれまた別現場の友人と同じ職場で働いていると知った。

11月
クリスマス周辺のような三日間を過ごした
オールナイトライブに行って他人の酒を被ったりレコードを聴きに行ったり友人の家に泊まったりした
現実逃避に味をしめて現実に対するやる気が削がれてしまった
久々に眩しさを浴び、肌が透き通る感覚に襲われる日もあった

バイトをする頻度が減り、「お久しぶりです」を言う回数が増えたと同時に「最近何してるの?」「3年生?じゃあ就活か〜〜。何すんの?」と聞かれる機会が増え、それに付随して「公務員」に対する各自の価値観にそれとなく触れることができて面白かった。

12月
将来やりたいことも見つからないまま やりたくないことだけ増えていく日常に辟易する
日々バタバタと過ごしていた割に思い出がない

行きたいと言い続けていた山崎団地に連れて行ってもらい、給水塔を眺めた。今度は身を軽くして行き、歩き回りたいと思う

 

個人的な2017年ベストとしては、

・本

谷崎潤一郎の「卍」、遠藤周作の「沈黙」「白い人 黄色い人」、太宰治の「新 ハムレット三島由紀夫の「殉教」

・映画

「クーリンチェ少年殺人事件」と「散歩する侵略者 (本編・予兆編)」

・ドラマ

「カルテット」と「あなたのことはそれほど

「鬼畜」「女の勲章」

・ライブ

1月8日のROCKER ROOM vol.2と11月2日のblock party

長谷川博己

散歩する侵略者」に伴うメディア露出で散見されるブレスレットと「真夜中」でのグラスの持ち方

・食べ物

ハングリータイガーのハンバーグ、ハリボーのグレープフルーツのグミ

・買い物

本棚

・お出かけ

山崎団地と横須賀線

ではないか

CDについても挙げようと思ったが、ここ半年ほど疲れを感じることが多くなり、低刺激なものを受動的に聴き流すことを好むようになったので「今年はこれ」というものが見当たらない。みんな同率3位、といった感じ。

来年はどうしたい、というよりも早く45歳になって仕事を辞めて高等遊民として家にこもり、教養を深める余生を送りたいなと思います。

来年も優しくしてください。

 

プロテスタント

 

11月2日〜4日について
2日の0時00分から23日ぶりの飲酒をした
もちろん1人で 部屋で
唯一無二の推しの29歳のお誕生日を盛大に祝した、つもりではある
各種SNSで大きな声で祝ったので恐らく人に引かれたのだろう、とは思う
ピリ辛きゅうりはビールと合うんだな〜〜とかビールは美味しい飲み物だよな〜〜だとか
起きてからは静かに過ごし、静かに1日を終えるつもりだったが好きなバンドのオールナイトライブに行きたくなり、しかしオールナイトイベントの環境と治安の悪さを思うと行きたくないな、とグダグダ悩み始め、友人と行くか行かないかグダグダ協議をし、ジャンケンの結果2人で行くことになった
行くことになったのにジャンケンに付き合ってくれる友人を持てて良かったなと思う
バタバタとシャワーを浴びて21時半そこらに家を出て駅まで歩いたのがとても幸せだった
好きだったバンドの路上ライブの告知があるたびにバタバタとシャワーを浴びてバタバタと家を出て22時の新宿に繰り出していた1年前の夏を思い出した
恐らくこの記憶は一生褪せることはないだろう
終わるということは永遠になるということ

友人と駅で合流し、ライブハウスに向かう途中で旧推しの一般男性が女性と歩く姿を間近で目撃しながら「あーあ美味いつけ麺食べてえな〜〜」と言う23時半ちょい前
自分は自分の重すぎる貞操観念を崩さずに生きていきたいと強く思う
夜が深くなるにつれ治安が悪くなるライブハウスで他人に酒をかけられたりなどしながら眠気と頭痛と乾き目の中好きなバンドを見る27時
「エモい」という言葉はあまり好きではないがこれぞまさに「エモい」なあ、映画みたいだなあ、と思った
また、半年ぶりに心の底から高揚感が突き上げてきてあまりの幸せと高揚感に手が震えると同時に、自分がいかに高揚感を味わうことのない日々を送ってきたかに気付く
正直なところ、約半年前に好きなバンドを失い、夢を見ること、高揚感で身体を満たすことがなくなっていたので、どこかに落とした何かを取り戻した気になり、嬉しさが増した
ライブハウスを出たら外は静かで、しかし何かしらが平常通り進行されていて「ああ、さっきまで自分がいた空間は現実ではなかったのかな」「見えない、知らないどこかでこんな素敵な騒ぎが繰り広げられているのだろうか」などと極めてありふれた感傷に浸ってみたりもしたが残念ながら性に合わなかった
始発に乗り、明けゆく空の下、駅から家まで歩き、こんなに早く空は明るくなっていくんだなあと知る

その日の夜は友人とレコードを聴きに行った
5時間半ほど椅子に座り、低刺激でクセの強い音楽を聴くことの幸せさ
帰りに友人と電車に揺られながら2日間の話などをし、ハイテンションで居酒屋へ
自宅付近に友人がいないこと、飲み屋がないことから終電後に友人と居酒屋で飲むことに憧れを抱いていたので嬉しかった
バカなテンションで飲みバカなテンションで友人の家に帰った
このテンション感でビールを飲む会を月に一度出来たらな、と思う
自宅の布団よりもフカフカな布団で就寝、友人の家に置き歯ブラシというマーキング
なかなか起きられずに文化祭を逃しつつシャワーを浴び、乾かしたての髪の毛のまま散歩
乾かしたての髪の毛の柔らかさに洗髪の意味の全てが詰まっている可能性は?
中高と通っていた学校の最寄駅に行ったが開発が進みすぎて何が何だか分からなかった
しかしバスロータリーの前のファミリーマート、ゲームセンター、ジョナサン、パルコの中のさぼてん、など面影を嗅ぎ取り懐かしい気持ちを抱いたりなどした
どうも友好関係を長続きできないので高校の友人が1人しかいなくなっている、それ故に卒業生の風格を漂わせながら学校訪問なぞ一度もしたことがない
好きなバンドのライブに行った
多くの新曲を聴き、友人に貸してもらったアルバムとは雰囲気が少し変わっていて、核は変わらずとも進化しているんだなあと思い嬉しくなった

以上が現実離れした日常

ホクホクした気持ちで自宅の部屋に入ったらテーブルには前日の昼まで取り組んでいた問題集やケシカスやレジュメが散乱していた

これが本当の現実

見て見ぬ振りをして問題集の上にCDを重ね、罪悪感に苛まれたのでCDを本棚に戻した


反抗としての平凡について

いかに静かに、真面目に、小さく生きるかに焦点を当てて生きているし、生きていきたいと切に思う
自分の選択の半分は現状維持という名の惰性で残りの半分は天邪鬼あるいは反逆心によるものという自覚がある
恐らく「小さく生きて小さく死ねれば」と思うのもそこから来ているのだろう
いわゆるクリエイターやら何かを生み出すのに身を切るような思いをしつつ生み出さないと生きていけない、人(真摯なクリエイターか)や大きな世界に踏み出したいと思う人が何故か自分の周りには多い
9割方そうなのではないかと思う
素敵な生き方と気概だと思うし、当然敬意も抱いている


が、その中で生活をしていると「作り出す人は偉い、だって作り出すことは容易ではないのだから」「柔軟であることは素晴らしい」「覚悟を持って日々取り組んでいて素晴らしい」などという「創作讃歌」たる風潮に殴られることになる
極め付けは「fuck the policemen」などの公務員叩き
他人が創り出した文化たるものを安定した生活から摂取することの何が悪いのか

自分がどのような人間であるか、については他人が自分のことをどう紹介するかで8割方分かると思っている
19歳、20歳の私はよく「この子、◯歳で法律を学んでるんです」と紹介してもらっていた
なるほど何もない人間は年齢と在籍している学部の紹介をしてもらうことでサマになるのか、と知る
21歳になった、本当に何も言われなくなった
つまるところ私の価値の全ては年齢にあったということだ
なるほど何も間違ってはいない、何故なら私は何も作り出さないのだから
何も作り出さず、静かに実家に居座り、静かに普通の大学に行き静かに勉強をして静かにライブに行き、少数の友人に熱量高くライブの感想をぶつけ、静かに寝るのだから
恐らくクリエイター「さん」たちが絵を描いたり曲を作ったりして自己を高みに持ち上げている間に私は机をぼーっと見ては執拗に頭を抱えて時間を浪費するのだろう、しているのだろう

この文面だと凡人が非凡を妬んでいるとしか受け取れないとは思うが「ハンバーグが好きか、カレーが好きか」「マネージャーをしたいか、実際にボールを蹴りたいか」くらいの違いとしか思っていないから日々を送りにくいのだ、ということ
妬むということは羨めている、ということ
選択の違いゆえ、なぜこうも平凡な人間がこうまでして暮らしにくくなるのかが分からずにいるから全てが嫌になってしまうということ

ハイ

平凡讃歌はどこで流れるのだろうか