整頓された本棚

てにをは が苦手

観察日記

 

 

1月の1行日記です

1日 新年早々しょっぱい。
2日 年末年始は夫婦仲が悪化しがち
3日 1年前の今日はデートをすっぽかされていたらしい、今年こそは幸せになりたい
4日 助ける軍隊に助けられる軍隊 良心的デジャヴ
5日 「カフェコワントロ」って言わせたい
6日 罪は清算できないので重ねたまま輪廻転生しろ
7日 「踏んだ地雷が原子爆弾」推しのスマホの持ち方が上品で惚れ直した。
8日 ワインを飲めるようになった
9日 目の前の人がプチトマトを33個食べた
10日 ポップミュージックのノり方が分からない
11日 カラーバンダナの使い方を間違えると運動会になる
12日 テスト前の謎テンションを保って生活したい
13日 「まぶた えくぼ 検索」
14日 スケジュールが合わずに実現されなかったイベントが全て実現されれば世界平和に繋がるのでは?
15日 ザ・インスピレーション
16日 推しの「なぁだ。」が全部可愛い
17日 就活の時期にピリピリしない点を長所にしたい。
18日 ローソンのゴマドレッシングは1袋100kcal
19日 バレンタインには駅弁が適切説
20日 カントリーダンスの成長記録
21日 病床
22日 周囲との「早起きの時間」とパーソナルスペースの差に困惑する日曜
23日 ハピネスの綴りが分からない
24日 平日の夕方に小田急の各停に揺られて帰る幸福
25日 見たドラマが辛すぎたので明日のテストの勉強を放棄した。
26日 インドカレーは臭うから好きじゃない
27日 スカイツリーより給水塔、東京タワーより永すぎた春
28日 無意識下でベーシストを嗅ぎ分け推す能力があることに気づいてしまった
29日 推しの3秒、借りたい
30日 普段何聴いてるの? の暴挙
31日 後世に残したいものランキング3位、クリームソーダ


おつかれさまでした

フェンス

 

 

ご無沙汰です

のどかな昼の話をします

席が5つしかない食堂で、ご飯を出してお皿を洗うバイトをしています
来る人は大体決まっています
50食そこら出したらお店を閉めます
それだけです

近くの小学校を工事するとかなんとかで業者の人がかれこれ3ヶ月以上お昼ご飯を食べに来ています
お家でお弁当を作っていた人もお弁当を作るのをやめて食べに来ているそうです
チキン南蛮が大好きだそうで、その日の親方はとてもご機嫌でした
あと2ヶ月経つか経たないかのうちに彼らは別の現場に移動するでしょう、そしたらお別れです

土曜の昼には、平日の夜に毎日食べに来る人が来ます
その人は常に短パンです、冬でも
一時期グルテンフリーダイエットをしていたのですが何も効果がなかったらしいです
「とにかく専業主婦になりたいなら料理の腕を磨け」と言ってきます

双子の兄弟もよくきます
お兄さんはカボチャが好きです
いつも2人でアニメの話をしています
この前、弟さんがおじいちゃんと2人で来ましたが、とても仲が悪かったので笑ってしまいました

寿司屋のおっちゃんも来ます
親子で顔が似すぎていて「おっちゃん急に老けたな〜〜」と思ったら、おっちゃんのお父さんでした

歯医者の先生も来ます
豚の角煮は歯に引っかかるとかなんとかで角煮の日は来ません
お店の前を気まずそうな顔をしてコンビニの袋を片手に通り過ぎます

来るたびに笑顔を振りまいて、たくさん笑ってくれる女の人がいます
今日はおかず増やしちゃおうかな、とニコニコしてくれます
あんな太陽になりたいものです

お昼ご飯が早く売り切れても、確実に毎日食べに来るお姉さんの分は取っておきます
30分以上無人の状態で彼女が食べに来るのを待つこともあります
料理を作る人と世間話をしながらぼーっと待ちます
そして、彼女が来たらご飯を出してその隣の席で私もご飯を食べます
今日は彼女の昇進を祝いました
いつかの木曜は社員のお子さんの話を聞きました

厄日の人もいれば、楽しい日の人もいて、そんな人たちが同じ屋根の下で同じご飯を食べているのだと思うと面白いです
空も多分そんな感じ


そんな長閑なバイトを終えてタラタラ歩いて近くのコンビニでミルクティを買って飲みながら駅まで歩きます
晴れた日はコンビニの駐車場でぼーっとします
大抵そうしてると食堂のお客さんに会います

お客さんの職業や家族関係をなぜか知っている、そんな狭いようで広いのか、広いようで狭いのか分からないコミュニティの中でのんびり甘やかされて生活しています

のんびりと各駅に揺られて帰ります
窓から見える空の青といい、ゴミ処理場といい、団地の給水塔といい、ほっとするような眺めです

そういえば夏に毎日来て、隣の人に絡んでいたアル中の人は元気だろうか
いつの間にか来なくなっていた
俺の母親はスナックの女で、父親はそのヒモで沢山女とヤッて浴びるほど酒を飲んで幸せに死んだから俺もそうする、と誇り高きヒモを自称していた彼は、秋になる前に姿を消した


それにしても、今日の空の青さ、いい青だなあ青すぎず

 

ハコ開け師の話

 


「慣れ」と「最後」について書こうと思います

「慣れ」について。
良くないですね。良いものではないと思います。
心が動きにくくなったことを指すんだと思います
日常を平穏に、できるだけ感情を上げ下げせずに生活したい私が何を言ってるんだと思われても仕方がないですが、やはり心が動きにくくなるってのは良くない
繊細な心なんか疲れるから持ちたくないのだけれども、必要以上に強くなってしまった心なんかもっといらない
そこらへんの野良犬にでも食わせておけばいい

なぜこんなことを唐突に言い出したのか、というと趣味というか日課になりつつあるパンドラの匣を開ける作業に慣れてしまったからです

パンドラの匣を開けると最悪なものが大量に出てくるらしい。あーあ、と思ってまた匣を見ると、隅に一粒の希望が落ちているらしい。「パンドラの匣」ってのはそんな話だそうです
私の趣味はパンドラの匣を開けることです、一粒の希望のために開けます。むやみやたらに開けます。
なんなら、もしかしたらこの匣はパンドラの匣ではなく、タカラバコかもしれないなという大それた期待までして開けます。
まあ、これは世の真理らしいのですが、私が開けるパンドラの匣には希望がないどころか想像を超える悪いものが出てくるようです。例外などないらしい。
ここまで書いて何を言いたくなったのか忘れたので、この話はここで止めにしましょう。

「最後」の話をしましょう。
ハッピーエンドって何なんだろう、どの時点でハッピーならハッピーエンドになれるんだろう、と考えていたら最後って何だろう、というところまで辿り着いてしまいました
確実なハッピーエンドが欲しいのですが、どこまで待てばいいのでしょうか。はて。
「終わりがあるから始まりがある」なんて言う人がいます
始まりなんて大したことはなくて、それこそ人間だって、パパとママがヤッて外に放出したってだけの話
性別ができたのも、遥か昔の人が林檎を食べちゃったってだけ
そんなもん
そんな大したことないことで生まれたものの終わりは、何故ああもドラマチックに、名残惜しくなるのだろうか

 

余りにも紅すぎるルージュ

 


フリカエールなるアプリを開きました。
1年前の自分の生活を一部分だけれども見られて、もっと自分を大切にして生きてほしかったなあと思いました。
が、大切にしてたっちゃしてたっぽくて、「大切にする」のベクトルが社会通念からも良識からも2016年の私からも違いすぎていただけっぽい

結果としては自己破壊、自己価値の低下に繋がることを自分のためにと思い、せっせと神経をすり減らしながらやってきた、だけの話
お化粧の仕方を間違えたようなもの

まあ、別に価値が低下しようと自己破壊活動をしようと、リストをカットしたわけでもないので手首は天使のように、産まれたての赤ちゃんのようにツルツルすべすべ、1年後に死んでるわけでも社会的に抹殺されてるわけでもなくのうのうと生活できているわけで。
自己破壊活動で得たものはTwitterの不幸ネタと会いたくない人間と敵くらい
失ったものはいくつかのコミュニティ、そんなもんなんですねえ。どうでもいいや。


アペタイザー程度のご挨拶を書こうと思ったのだが長くなってしまったな、ということでご挨拶だけでドロン

 

セロハン


あと少しで12月になるそうで、あらら

クリスマスって面白いなあなんて不意に思ったってことを書こうと思いました

クリスマスって他の国の神様のお誕生日でしょう
まあ今の日本は無宗教の人がほとんどでしょうし、
当然鎖国してるわけでもなく、それどころか無駄に外国に行きたがる人もいるくらい
何なんでしょうねフォロワーの大半は日本人なのにインスタグラムのキャプションを英語で書いちゃう人はね、ってのは置いておこう長くなるから

なんなら2日前に天皇さんのお誕生日があるのに、他国の神様のお誕生日の方が盛り上がっちゃってる
なんなら「天皇誕生日」よりも「クリスマスイブイブ」なんて言われちゃってる

おもしろいですねえ

何かよく分からないけど目につくもの全て電飾で囲っちゃえ!キラキラさせちゃえ!という単純さ、とても好きです

まあ私は夜にLEDの大群をキラキラさせるより、晴れたの日の昼のステンドグラスの方が綺麗で「らしい」なと思いますけどね

なんて考えながら町田駅のイルミネーションをぼーっと見ながら乗り換えしてました

 

安易に履かれる黒タイツさん

こんにちは

ここ最近色々なことがありましたね
なんて書くと良くも悪くも物事に巻き込まれたかのようなテイストを醸し出してしまうけれど決してそんなことはない、季節の挨拶と同じテイストで使った私が悪かった

まあそんなことはどうでもよくて

ここ最近ひたすらに、ああ空を飛べたらなあ、と思う
手段はなんでもいい
鳥かごに乗せられたり、クラゲの足に掴まったり、風船にぶら下げたり、なんでもいい、布団に入ったままでもいい、なんならコウノトリの背中に乗るんでもいい
高所恐怖症なのだけれども空まで行けば関係なくなるかな、と勝手に思っている

だからと言って空を飛ぶ努力なんてしたこともないし、しようとも思わない

結局私たちが何かを変えようと行動を起こす対象なんて、ささくれだとか肌荒れだとか直接的にQOLを下げてくるもの

小さいけれど何となく嫌だなあ、というもの

ささくれを丁寧に剥いたって肌荒れにクリームを塗ったって誰1人空を飛ぶほど幸せのどんでん返しは訪れないと知りながら今日も惰性で生活していく

アメリカの大統領が変わろうと、年号が変わろうと、
恐らくどこかの国が潰されようと大虐殺が起きようと、突然キリストが生き還ろうと、
そんなことよりも乗るはずの電車が遅れたり、天気予報が外れたりする方が大きい問題なんだよなあ

なんて思った昼

だから平凡なのか