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昨日も明日も暇

日本語弱者が頑張って文字を書いた

2

5月18日
昨晩は何かと考え込んでしまい、涙を流したりなどし、なかなか寝られなかった
しかし、朝アラームに起こされ、目を開け朝日を浴びたら「クチュくんが癌などということは幻想なのではないか?」という晴れ晴れしい気分になり、意気揚々とリビングに降り、クチュくんにおはようを言いに行った
クチュくんは鼻血は出していなかったし、舌も出していなかった
ただ、目が中途半端に開いていて寝ているのか起きているのか分からなかった
また、口の左側から微量ではあるが(それでも猫にしたら多い方なのだろうか、知りたくないので調べない)ヨダレを垂らしていた
隣にはクーすけとクロくんがいた

トーストを齧りながらドラマを見る母親の目は腫れていた

学校に行き、授業を受け(と言ってもバカでも入れるゼミのゆったりとした授業なので静かに椅子に座ってやり過ごすだけのもの)本を読みながら家に帰り、母親とリビングでお茶をした
クチュくんはアイスが大好きで、冷凍庫からアイスを取り出し、蓋やパッケージを開ける音を聞きつけると走ってテーブルの上に乗っかってアイスを奪おうとする
アイスは猫の食べ物ではないので、今まではほとんどあげなかったし、あげたとしても一口、二口舐めさせるくらいでやめていた
しかし、この状況なので好きなようにしてあげよう、と母はクチュくんにアイスを食べさせることにした
私はイチゴかき氷を食べていて、蓋にイチゴシロップがついていたのでそれをそのままあげることにした
イチゴはお気に召さなかったようで、興味津々に舐めた後、変な顔をして離れて行った

クチュくんは鼻血こそ出していなかったが、舌は出ていた
猫に夕ご飯をあげたが、クチュくんの食欲はなかったようだ
まあ、他のみんなもあまり食べなかったので、朝食べ過ぎたんだなあと思うことにした

両親と晩御飯を食べた
他愛のない話しかしていなかったはずが、突然父が「クチュが死んでしまったら火葬にしようと思う」と言い出した
「命あるものには必ず別れがある、ということを飲み込まなければならない」とも言っていた
その流れで、父と母が骨になってからの話にもなった
「死」が何を意味するかを知らない私にはピンと来ない話だったが、クチュくんを含めたこの家族の中で1番目に死にたいと思った
看取る、という行為をせずに死んでいきたいと思った

また父は、私が一度も葬式に行ったことがないため、次、どんなに遠い間柄であろうと親戚の身に不幸が起きたらその時は必ず私を葬式に連れて行く、とも宣言した
父方の祖母の実家は山形県にあるそうで、そこの葬式というものは、神奈川のそれよりも「お別れ」を具現化したものだという

お別れというのは、どういうことだろう

よくよく考えてみれば、私はお別れという場面に何度も立ち会っている。
アパートから今の家に引っ越すとき、幼馴染の哲くんと。
ピアノ教室の先生と。(ピアノ教室は3度変えているので3回お別れしたことになる)
卒園式。中学受験塾のみんなと。小学校の卒業式。
高校の卒業式で先生たちと。(中高大一貫校なので友達と別れることはない)

しかし、どれも悲しんだことがない
幸か不幸か、会えなくなって悲しいなと思う人とお別れしたことがない
会いたい人には会えるし、会いたくない人には会っていないだけで、会いたい人と会えなくなることがないのだ

お別れというのは、どんな気持ちになるのだろう
お別れした後は、どう過ごすのだろう