昨日も明日も暇

日本語弱者が頑張って文字を書いた

5.6

 

5月21日

ドリンクカウンターから見た推しの姿や、推しと一緒にビールを飲んだことなどを思い出し、バイト中にも関わらず少し泣いた

推しがステージから降りようと世界は続いてしまうことは当たり前であり、
自分にとってかけがえのないものが唐突になくなってしまっても何だかんだ生きられてしまい、気がつけばその状態に慣れてしまう、ということは三島由紀夫が「真夏の死」で描いている

それでも辛いものは辛い

 

5月22日

クチュくんはヨダレと舌が出ていた

学校に行き、友達とベンチでぼーっとしたり、カレーを食べて散歩をしたりなどした
各停に揺られ帰る道中、世界が青くなった
私はよく「世界が青い」と言うのだが、これは夕方、目の前が深い青に包まれる少し前の淡い水色〜淡い青に包まれる時のことを意味している
すべての輪郭がはっきりと見えるが、どこか優しくて柔らかい
また、街灯や窓の光など人工の光も相まって、1日のうちで最も美しい時間帯なのではないかと思う
今日は17時半〜18時半そこらがその時間帯だったと記憶している
そんな青い世界を車窓から眺めながら、私の推しにもこの景色を見られるだけの時間の余裕がありますようにと願った
5分でいい、せめて一目、外を見やる時間があってほしい

ビールを飲みながら帰り、部屋でぼーっとしていたら色々と考えてしまった

酔いが醒めた頃、リビングに降りて猫を撫でながら母と話した
クチュくんの顔の形が変わり始めたら安楽死させよう、という結論に達した
安楽死させに病院に連れて行く時、私たちは何を思うだろう
また、飼い主に見守られる中とはいえ、大嫌いな病院で死ぬのはどのような気持ちだろう
最後に見るものは何だろう、飼い主の泣き顔なのだろうか、それとも大嫌いな病院の壁だろうか、病院の先生の顔だろうか、そもそも最後の日まで目は見えているのだろうか

お別れって何だろう

何故私の猫は癌になり、何故私の推しはステージから降りなければならないのだろう

一体、何があって「次のライブまであと11日もあるよ!長いな〜〜〜!」って言った10分後に「最後の日まで11日しかないの?」って言うことになったんだろうか

推しは、ちゃんと寝られてるだろうか、ご飯を食べられてるだろうか?元気だろうか
何故彼は自分が幸せになるための選択をしたのに、ただそれだけなのにこんなに大事になってしまったんだろう